TIMELAPSE OF THE FUTURE の日本語字幕編集プロジェクトに書いた通り、YouTube 動画TIMELAPSE OF THE FUTURE: A Journey to the End of Time (4K)の日本語字幕を修正した。
雑に数えてみたら、全 230 字幕中、約半分の 116 字幕に手を入れていた。 日本語としての自然さを改善したものから、明らかに意味が間違っている訳の修正までさまざまあるが、そのうちいくつかをピックアップしてまとめておく。
その前に感想
普段から一般向けの科学系の英文記事を読んだりはするし、情報系の学生だった頃は英語で論文も読んでいたので、理系な英文の翻訳はなんとかなった。
一方で、文学的表現もあったり、例えばクライマックスにドーンと表示される文章や偉人の名言のようにカッコよく訳すことが大事な箇所もあったりで、 それらの翻訳には特に苦労したし結局あまり自信を持てていない。
誤訳を修正した箇所は、まあ究極的には正しく英文を読めば正しく訳せるというだけなのだが、やはり一般向けレベルで良いので天文学、物理学の知識があると訳しやすいところも多かった。 専門用語のアテがついたり、突拍子もなく聞こえる内容も背景知識を知っていると自信を持って訳せたり。
修正点
00:35
We will travel through time exponentially, doubling our speed every 5 seconds.
元の訳
この旅の速度は 5 秒毎に指数関数的に増加する
修正版
5 秒ごとに倍速になる、指数関数的な時間旅行だ
元の訳だと、言っていることがなんとなく分かるようで分からない。 原文の意味をより忠実に訳出した。 この時間の旅がどのように加速していくのか明確になったと思う。
01:18
The Earth is going into one of these jumps and you don’t know what is going to be on the other side of those jumps. The Earth is always jumping.
元の訳
地球は先の見えない崖を再び跳ぼうとしている。結果はだれにもわからない
この地球は常に跳躍している。
修正版
地球に次の変動が訪れようとしている
その先に何があるのかは分からない
地球は常に躍動している
ここは特に難しかったところの一つ。
例えば DeepL に入れると以下のようになる。
地球はこのジャンプのひとつに突入し、そのジャンプの向こう側に何があるのかわからないのです。 地球は常にジャンプしているのです。
直訳するとこうなるよね、という感じの訳だ。 やはり”jump”が曲者で、これを直訳して「ジャンプ」とか「跳躍」とかにしてしまうと、「地球がジャンプする」となって意味がわからなくなる。
元の訳も、原文にない「崖を飛ぶ」という表現があったりしてなんとかしようとした形跡はあるが、結局うまくいっていないように思える。
ここは、地球上の事物が常に変化している、という文脈を汲んで、「変動」や「躍動」と訳した。 原文の”jump”自体、普通の用法というより、poetic な表現として使われている。 そのニュアンスを残すため、日本語として自然でありつつ、比喩・擬人化をできる限り感じさせる語彙を選んだつもり。「変化」だと無機質だが、「変動」「躍動」だと有機的なニュアンスが加わり、「地球がジャンプする」的な擬人化にも近さを感じないだろうか。
“jump”の訳語を見つけた後はすんなり訳せた。
ちなみに、Weblio で”jump”の意味を調べると、 JST 科学技術用語日英対訳辞書が「躍動」を訳語として挙げていることに後から気づいた。
01:33
Things move on this planet. Things are not still! Everything is turning.
元の訳
万物は流転し、とどまるものは無い!
修正版
地球上の事物は変化する
とどまるものは無い!
万物は流転する
意訳をやめてより原文に近づけた。こうしてみると元の訳の方が自然に見えるが、字幕としてぶつ切りで出すと修正版でも気にならない。むしろ英語の喋りとのリズムの対応を重視して対訳気味にした。
ところで、元の訳の「万物は流転する」には感銘を受けた。これは自分では思いつけないと思う。 謹んでそのまま使わせていただいた。
01:58
[Supervolcano eruption]
元の訳
9 万年 スーパー火山噴火
修正版
[破局噴火]
専門用語の訳語の問題。 破局噴火 - Wikipedia1。
これは画面下部に表示される出来事や時代の名前。元の訳には年代も付いているが、今回の修正にあたって全て外した。また英語字幕に合わせてブラケットで囲うフォーマットに統一した。
年代を字幕に入れない理由は以下。
- リファレンスとして使っている英語字幕に入っていないから
- 年代表記自体が不正確だから
- これは動画構成の都合上仕方のないところで、画面下部の年数は一定のペースで指数関数的に増加していくが、動画のシーン切り替えが完璧にそれに追従できるわけではない。
- 必要な場合は動画そのものから読めば良いので、字幕には不正確な年数は入れないこととした。
04:30
“With the death of the last sun, the age of starlight comes to an end.”
元の訳
最後の恒星の死とともに、星空の時代は終わる
修正版
最後の恒星が死に、星が輝く時代は終わりを迎える
“the age of starlight”の訳を「星空の時代」から「星が輝く時代」に変えた。
これは宇宙のエンドゲームにおける当該時代区分の訳がそうなっているのに合わせたから。 このシーンで画面下部に表示されている”Degenerate era”も、この後でてくる”Black hole era”も、この書籍から取られていると思われるので、参照元として適切だろう。 ちなみに本書では”the age of starlight”ではなく”Stelliferous Era”だが、同じものを指していると解釈し、同じ訳語を当てた。
また、より原文の意味に近くなった。
05:06
With no fuel left to burn, a white dwarf’s faint glow comes from the last residual heat from its extinguished furnace.
元の訳
その燃料が尽きる間際, 火が消えた白色矮星の残熱が放つかすかな輝き
修正版
もはや燃料は残っておらず、白色矮星の淡い光は、火の消えた炉に最後に残った熱から発せられている
ここは明確に元の訳の誤りを訂正している。 白色矮星は核融合反応をもう起こせなくなった恒星の成れの果てで、残った熱で輝き続けている。
決して燃料が尽きる「間際」にかすかに輝くわけではない(それに、燃料が尽きた「後」を白色矮星と呼ぶので、そもそも矛盾している)。
ところで、このような状態を指す「火の消えた炉」という表現は、ほぼ原文の直訳になっている。英語は詩的な表現が得意ですね。
08:26
Long dormant black holes flare up in a blaze of glory.
元の訳
長い休眠から目覚め栄光の炎に輝くブラックホール
修正版
長い間眠っていたブラックホールが燃え上がる
ここは上とは逆に、原文に忠実な元の訳を、日本語の自然さを優先して意訳に変えた。 具体的には、“a blaze of glory”をバッサリ切った。訳せば確かに「栄光の炎」なのだが、ブラックホールの形容として日本語の中では流石に不自然と判断した。
…と偉そうに言っているが、実はここは DeepL の翻訳そのままである。 まさに”a blaze of glory”の訳をどうしようか悩んでいたところで、DeepL がそこをバッサリ切った訳を出してきて気付かされた。テクノロジー万歳。
09:10
You could imagine living conscious systems which have a very different pace and therefore can extend out, at least a lot farther than you’d imagine otherwise. You could have a living system where if it had a thought every 10 trillion years that would seem normal.
元の訳
そうならば私たちの想像も及ばぬ広い領域を理解する生命体であるかもしれない。
生命体が存在すること、
たとえ 10 兆年に一度の出来事であるとしても
何の不思議もない。
修正版
全く異なる生命活動の速度を持ち、想像以上に生存期間を長く引き伸ばした、意識を持つ生命体を想像できる
10 兆年に 1 回思考するのが普通であるような生命体もあり得るだろう
ここは、全編の修正作業をする前に、最初に作者に修正提案を行った箇所。この件については以前のポストに書いた。 純粋に誤訳の修正。
宇宙の終焉 - 有限の宇宙で文明を永続させる方法 (Wikipedia)あたりが関連する知識になると思う。エントロピーが上昇した宇宙では、知的生命体は思考(活動)のクロックを下げて生命活動を維持するという考え方。
13:23
life, as we know it, is only possible for one thousandth of a billion billion billionth,billion billion billion billion billion billionth, of a percent.
元の訳
…生命が可能となるが、その期間の割合は
10 億分の 1 を 9 回乗じ、さらにそれの 1000 分の 1 パーセントにすぎない
修正版
生命が存在できる。その期間の割合は、
1000 分の 1 の、10 億分の 10 億分の 10 億分の 10 億分の 10 億分の 10 億分の 10 億分の 10 億分の 10 億分の 1 パーセント
(10^(-84)%)
原文の、“billion”を何回も畳みかける表現を再現した。 特に動画(↓)でナレーションを聞くとその大切さが分かると思う。“billion”を 9 回繰り返すことで数字の大きさが強調されている。
16:08
…and they (=the gravitational waves) will travel out from these black holes at the speed of light as they ring down and coalesce into one, spinning, quiet black hole.
元の訳
ブラックホール同士の回転がやがて終わり静かに融合、停止するまで、この波動は光の速度で伝わってゆく
修正版
これらのブラックホールから発生した重力波は光速で伝播していく。
二つのブラックホールは融合し、一つの静かな回転ブラックホールになる。
ここは誤訳の修正。 「ブラックホール同士の回転がやがて終わり静かに融合、停止するまで」は原文にない内容を訳出してしまっている。
物理的に考えても、系の角運動量は保存されるので、融合した後は停止するのでなく回転ブラックホールになると思えば、誤訳に気付ける。
17:37
… the black holes begin to evaporate.
元の訳
ブラックホールさえも消滅し始める
修正版
ブラックホールさえも蒸発し始める
宇宙科学系の日本語文献における、ブラックホールの”evaporation”の定訳はそのまま「蒸発」。
20:35
And the universe, we think, will die in ice, trillions upon trillions of years from now.
元の訳
それゆえ、宇宙は氷の中で死ぬと私たちは考える
今から数兆年の数兆倍先の未来に
修正版
そのため、宇宙は冷たい死に至ると考えられる
果てしなく遠い先の未来に
“the universe will die in ice”の直訳「宇宙は氷の中で死ぬ」は日本語として不自然。 ここは宇宙が絶対零度に冷却されて低温死(cold death)に至ることを少し文芸的に言っているだけなので、「宇宙は冷たい死に至る」と訳した。もう少し文芸的に、かつ”ice”の語感を残して「宇宙は凍てつき死に至る」とかでもよかったかもしれない。
また、この”trillions upon trillions of years”は簡潔な英語表現がないほどの大きな年数を表しているのであって、厳密に「数兆年の数兆倍」(=10^12*10^12=10^24)という意味ではない。 実際、動画中の年数表記は “N trillion trillion trillion trillion trillion trillion years” = N * 10^(12 _ 6) = N _ 10^72 年である。 また、宇宙の終焉#ブラックホールの蒸発 (Wikipedia)によれば、銀河質量ブラックホールが蒸発しきるのに 10^100 年かかる。
ということで、“trillions upon trillions of years from now”は「果てしなく遠い先の未来に」とした。
24:47
if you have an atom smasher, that can constrict tremendous amount of energy at a single point,
元の訳
もし途方もないエネルギーを一点に閉じ込めている原子をこじ開けることが出来るとしたら
修正版
もし途方もない量のエネルギーを一点に集中させられる原子破壊装置(粒子加速器)があれば、
誤訳の修正。正しく英文を読めばこうなる、以上のことは言えない… 元の訳は”atom”に引きずられて変な方向に行ってしまったのかな?
しかしここも、物理学の知識があれば「途方もないエネルギーを一点に閉じ込めている原子」やら、それを「こじ開ける」やらがおかしいと気付けるはず2。
また”atom smasher”の訳に関して、
Atom smasher is an older, popular name for a particle accelerator. https://atomic.lindahall.org/what-is-an-atom-smasher.html
とのことなので、英語圏では”particle accelerator”より”atom smasher”の方が通りがいいのだろうか。
それぞれの日本語訳は「粒子加速器」と「原子(核)破壊装置」だが、日本語圏では「粒子加速器」の方が馴染みがあるのではないだろうか。
迷ったが、カッコ書きで併記して「原子破壊装置(粒子加速器)」と訳した(字幕翻訳としては邪道かもしれないが…)。 どちらか選ぶなら、日本語訳としては「粒子加速器」だろう。
24:53
you can perhaps open up a gateway - A ‘Baby universe’.
元の訳
おそらく「ベービー宇宙」への戸口を
開くことが可能になる
修正版
出口を作り出せるかもしれない - 「赤ちゃん宇宙」だ
“baby universe”の定訳は「赤ちゃん宇宙」。 Ref: 竹内薫 (2010).『図解入門よくわかる最新宇宙論の基本と仕組み: 宇宙 137 億年を旅する』. 秀和システム, 198p.
また、元の訳の『「ベービー宇宙」への戸口』も誤り。赤ちゃん宇宙イコール、(脱出のための)出口=gateway、といういう文構造。
25:11
ここは長いがまとめて載せてしまう。 マルチバースの進化に関して、なかなか面白い内容を話しているところ。
And this also raises a very intriguing possibility, sheer pure speculation of course,
that perhaps any universe that has intelligent life in it, will create baby universes, will create ‘Lifeboats’, and will proliferate child universes.
So an evolution may take place among universes, in the multiverse. Survival of the fittest may take place.
So those universes which do not have intelligent life are ‘infertile’, they have no children.
But those universes that have mild temperatures, stars like ours, would create civilizations that could open up child universes and they would then proliferate.
元の訳
全く憶測の域を出ないが、ここから非常に興味深い可能性が導き出される
知的生命体が存在する宇宙があるならば,
彼らは「ベービー宇宙」と「救命艇」を創りだし、創造された宇宙を無数に増やすだろう
その多元宇宙のどこかで進化が起こるかもしれない
適者生存の可能性がある
知的な生命が存在しない宇宙は子を持つことがない
しかし、私たちが住む適度な温度と星を持つ宇宙では
新たな宇宙を創造出来る文明が生まれ、
そこからさらに繁殖することができるかもしれない
修正版
全く憶測の域を出ないが、ここから非常に興味深い可能性が導き出される
知的生命体が存在する宇宙は、いずれ生命の救命ボートたる赤ちゃん宇宙を作る。つまり、そのような宇宙は全て子供宇宙を産む、という可能性だ
ひいては、複数の宇宙(マルチバース)の中で進化、つまりは適者生存が起きるかもしれない
つまり、知的生命体が存在しない宇宙は「生殖能力がない」- 子を持てない。
対して、温度がちょうどよく地球のような星が存在する宇宙では、子供宇宙を創り出せる文明が生まれ、従って宇宙そのものが繁殖していく。
28:12
TIME BECOMES MEANINGLESS
元の訳
時間は無意味となる
修正版
時間は意味を失う
クライマックス。 直訳よりも、日本語としてこなれている訳に直してみた。
科学知識で修正する訳より、こういう訳の修正の方がセンスがものをいう感じがして難しい。
28:37
“Everything has its wonders, even darkness and silence…
…and I learn, whatever state I may be in, therein to be content.”
> - Helen Keller
元の訳
奇跡はどこにでもある。暗闇にも、静寂にも..
そして学ぶ、どんな状況であれ、そこに満足を見出すと。
修正版
奇跡はどこにでもある。暗闇にも、静寂にも……
そしてどんな時も、それで満たされることを知る。
ここも文芸的な訳で難しい!それに、偉人の名言の訳はより重みがある…3
前半の”Everything has its wonders, even darkness and silence…”は元の訳をそのまま使わせてもらった。正直違和感はあるのだが、良い訳を思いつけなかった。 というのも、“wonder”の訳は「奇跡」で良いのだろうか… 日本語の「奇跡」というと、“miracle”を想像してしまいがちな気がする。“wonder”はそれとは違い、自然の中にある超越的なもの、それに対する畏敬の念や不思議な感覚、みたいなニュアンスだと思う。センス・オブ・ワンダーの”wonder”。ただこれを簡潔な日本語訳にまとめる力が自分になかった。 「驚き」の類義語を調べてみたり、“wonder”の含まれる例文の訳例を調べてみたりして、 「驚き」「神秘」「不思議」「驚異」「感嘆」あたりを考えてみたけど、結局しっくりこなくてやめた。
後半は元の訳を修正した。 意味は外していないと思うが、語順や単語選択が日本語としてこなれていないので直した。 また、以下の例文”Learn to be contented”の訳が参考になった。
Learn to be contented! = 足るを知れ
> https://ejje.weblio.jp/content/learn+to
翻訳プロジェクトページ
翻訳は以下のページで行いました。 気になる点、修正案などある方はこちらから編集していただければと思います。
https://amara.org/ja/videos/4hP0ONMJ1QAp/ja/2468256/
- Wikipedia によると、正確には”supervolcano eruption”の訳語として「破局噴火」が考えられたのではないらしい。↩
- 核反応を連想するかもしれないが、あれで原子 1 個から取り出せるエネルギーは当然、赤ちゃん宇宙を生み出すほどの「途方もないエネルギー」ではない。↩
- そもそも偉人の名言なら定訳があるかと思って調べてみたものの、素人が翻訳の題材にしている例はいくつかあったが、こなれた定訳と言ったものは見つからなかった。↩